infoView vol.03|ジースタイラス折阪社長

InfoViewInforance's Interview)」は、インフォランスゆかりの経営者に代表の佐々木がインタビューをする企画です。今回は、従来の求人における学生と企業の立場を逆転させた「逆求人フェスティバル」の開催など、ユニークな採用支援を行っている、株式会社ジースタイラスの代表取締役社長、折阪 佳紀様にインタビューさせていただきました。

そして第3回目、運命の出会い

佐々木

そうだったんですか。2回目の大失敗を踏まえて、3回目はどんなやり方をしたんですか?

折阪

第3回目はまず原価をできるだけ押さえて、コストをあまりかけないことを意識しました。かつ、1社10万円というのはけっこう高くて、営業に苦戦したので、1社いくらではなく、ひとりの参加費いくらという方式をとりました。

3回目の逆求人

3回目は学生さんの参加が約100名、3日に分けて3回実施しました。今のテーマ、営業系とかリーダーシップ系っていうのはそこの名残なんですけれども、そこではじめてテーマというのを設定したんです。参加企業は全部で60社くらいです。収支は赤にはなりませんでした。人件費も多少、10万20万の世界でしたが払うことができて、多少還元することができ、ようやく確かな手ごたえを感じました。そして、その時に鈴村(浩司氏: ジースタイラス取締役)や新しいメンバーに出会ったのです。

鈴村は別の学生団体に入っていたのですが、たまたま家が近かったこともあり、彼の団体でイベントをやるので、企画の方法を教えてくれないか、とそんな感じで接触していただき、意気投合して今に至るわけです。そして、彼はインテリジェンスという会社に入社したのですが、お互い、入社前に「1年で辞めて独立しよう」と誓い合い、入社後も1ヶ月に1回くらいは定期的に二人でミーティングをやっていました。1年目は成績めちゃめちゃだったんですけれども、その中でもTSHっていうハンティングのサイトの構想を作って、実際開発しはじめたのも1年目だったんです。

佐々木

その頃既に、ネットで展開しようと考えていたんですか?

折阪

そうですね。今、社員に石井というシステム開発の人間がいるのですが、彼がその時はNECに勤めていて、僕と鈴村は技術はないので、誰かいい人はいないかと知り合いのつてで探していた中で、石井と知り合い、自分達の構想を少しずつ形にしていったのが1年目の最後の頃でしたね。

それで2年目に入り、もともとは1年で辞めようと決めていたので、自分もいつ辞めますっていうのをマネージャーに言おうかっていうのを考えながら、鈴村にも相談していて。鈴村は社長に辞めますと言ったところ、あと半年はやれ、と引き止められ、1年半は続けることになったので、じゃあ自分も1年半はやるのかなあと思いつつ、リクルートでの2年目に入りました。2年目になると成績もちょっとずつ上がってきて、仕事も面白くなり、社内でも評価していただけるようにはなったのですが、予定通り、鈴村が1年半で退社し、準備は整ったということで、私も退社して、起業することとなりました。最初の開発も少しずつ進んでいましたし、逆求人のイベントなど、このビジネスモデルでやっていこうという決意は固まっていました。

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「ジースタイラス」に込められた想い

佐々木

設立時から今の社名ですか?「ジースタイラス」という社名はどのような由来があるんでしょうか?

折阪

はい、そうです。「ジー」はグループの「G」ですね。で、「スタイラス」はスタイルのラテン語です。英語の語源はラテン語からはじまっていますんで、個々のスタイルを根っこから大切にした集団にしたいっていう、そんな想いでつけました。2日間くらい、いろいろと悩みましたよ。はじめは「スタイラス」にしようとしたんですよ。でも意外と多いなあと思ってですね、じゃあ「G」をつけようと。

佐々木

なるほど。さて、その頃はもう学生ではなくなっていたわけですけれども、学生との連携はまだ取れていたんですか?

「ジースタイラス」の由来

折阪

実はほとんどなかったですね。ですが、鈴村が退職し、僕が残り半年というときに、1回だけ学生さんと一緒にイベントをやったんですよ。就職オーディションというイベントで、逆求人のオーディション版みたいなのを学生さんと一緒にやろうということになりまして、はじめは後輩から紹介してもらって、つてで7人くらい集め、その7人にも協力してもらい、全部で100人くらい集めたんです。そこで繋がった学生さんたちが4年生になる時に、私たちが起業しまして、その時の学生さんたちがのちに最初のインターン生となったんですよ。また、後輩に逆求人の段取りを教えて、引き継いでもらい、JOB REVOLUTIONの中では逆求人フェスティバルを継続してやっていたのです。

佐々木

そうだったんですか。それで、起業後初の、ジースタイラスとして開催した第4回目というのはいつ開かれたのですか?

折阪

2004年の8月31日です。この頃は就職氷河期から少しずつ求人倍率も上がってきていて、景気の回復と共に、ちょうど売り手市場の入口のような時でしたね。第4回目は4年生のまだ内定が出ていない人を対象に開催したのですが、どうなるか蓋を開けてみるまで予想がつかないような状態だったのですが、思いのほか、参加してくださる企業も学生さんも多かったです。第4回、5回、6回と同時に開催したのですが、学生さんが4回目44名、5、6回目が30人ずつくらいで。企業さんには、現在の営業スタイルの元となっている、3回セットでの販売という形をはじめてとったのですが、500万近く集めることができました。

佐々木

今回は儲かりましたね。ではこの時にずいぶん手ごたえも感じたことでしょう。その当時は鈴村さんと二人でやっていたのですか?

折阪

当時はバックオフィスにもう一人おりまして、3名でやっていました。オフィスの什器やパソコンなどの初期投資、広告宣伝費などもありましたので、それほど楽なスタートではありませんでしたね。

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